PLANET CIRCLE|柴川敏之展

柴川敏之は自らの作品を「2000 年後の地球の遺跡」と呼ぶ。世紀で言えば 41世紀、いまより2000年たった地球上で発掘された 21世紀の遺跡を想定してつくっているのだ。その表面には本や鍵、稲穂といった見慣れたものがあり、今をときめく企業のロゴを配したプレートもある。41世紀の人はこれを見てどう思うのだろうか。私たちが古代の遺跡にその昔の生活道具を見出したときのように、彼らも私たちの暮らしぶりを想像してみるのだろうか。しかしそのように考えるときの私は、41世紀の人々の思いを想像しているのではなく、彼らの立場にたって21世紀の生活に思いを馳せていることに気づく。2000年後という設定は、自分勝手な未来のすがたの夢想のためではなく、想像を越えた未来というニュートラルな地点にたって「いま」を見つめるためのものだ。


けれど現代の遺跡であるはずの彼の作品を見ていると、むしろ「いま」「ここ」という感覚があやふやになっていくのを感じる。古代遺跡を見たときに、想像も及ばない昔にもこの場所に確かに人が生きていて、その続きで「いま」があるのだということを実感するのとは対照的だ。身近な物が古色を帯びた遺物となっているさまを見れば、不変などないということを改めて考えさせられるし、本来永劫に「在る」べき遺跡というものがインスタレーションという仮設のかたちで提示されることにより、この世界の存在自体も仮のものであるかのような印象を与える。そして柴川の作品は表面に21世紀の品物を配したいくつかのパネル状の作品とレンガなどの組み合わせで作られているのだが、展示のたびに新たなパネルと既に制作されたパネルが自由に組み合わされて次々と遺跡が生み出される。全く同じ細部をもちながら異なったかたちの遺跡が幾度も発掘されることを想像して欲しい。それらはまるでパラレルワールドの遺跡のようだ。遺跡がかつてあった世界の影である とするならば、未来に遺跡をつくる柴川は、そのたびに影の本体である現在の世界をも新たにつくり出していると言えるのではないだろうか。


これまでに柴川は石室や発掘現場を模して実際の発掘現場に近い場を演出したインスタレーションを制作してきているが、今回は円形の遺跡をいくつか会場に点在させ、「PLANET CIRCLR (惑星の円環) 」と名付ける。ひとつひとつの円はそれぞれに完結した別の世界のように見えるだろう。そして大小の円をなした作品は、それ自体宇宙に散らばる天体のようでもあり、宇宙全体を俯瞰するかのような視点を与える。もしかしたら、たとえば未知の惑星上に、地球によく似た遺跡を残す世界が我々とは関係なく繰り広げられているのかもしれない。また今回の新たな試みとして、遺跡の拓本が作品として提示される。遺跡が実世界の影と先に述べたが、彼はその影の陰影をうつしとり、影の影をもつくってしまうのだ。これは「裏の裏は表」式に実世界の側をさしているのだろうか。それとも裏の裏にまた新たな別世界があるのだろうか。想像は時間と空間を超えて、果てしなく広がっていく。そして私のいる「この世界」は複数存在する時間軸と空間座標の中のひとつにすぎないものではないかという思いは否応ないものとなる。


そんな不確かな気分に答えを与えてくれるのが、会期中に行われるワークショップだ。これは作品の好きな部分を選んで紙で覆い、その上から自分で拓本をとってみるというものなのだが、好きなところとはすなわち、親しみのあるものであったり、美しいと感じるものであったり、自分にとってリアルな感覚や感情のわく部分 であろう。拓本をとる作業は、それらをいったん失って、自らの手でもう一度生み出す作業だ。実際にやってみると、作品の上に見たのと同じかたちが浮き上がってくるだけなのに、全く新しいものを発見したかのよう にわくわくする。そうして自分の手で生み出した図像は、最初のかたちよりももっと身近でリアルなものになる。なるほど、私の住むこの世界は確かなものではないかもしれない。少なくとも時を経れば失われていくものだ。「いま」も「ここ」も「2000年後」も全て相対的な表現で、自分がどこにいるのか一瞬わからなくもなる。けれど大切なのは、それがいずれの場所であろうと時間であろうと、私が何かに触れ、何かを感じる限り、それこそが私にとっては確かに「いま」と「ここ」であるということだ。2000年の時を行き来し、無限の時空にぽっかりと浮かんだかのような柴川の作品は、世界の曖昧さを示すことで逆に、私たちが確かに生きているという感覚を再確認させる。

個展パンフレット 『今日の作家シリーズ|PLANET CIRCLE|柴川敏之展』、2001.7、大阪府立現代美術センター

小口斉子

大阪府立現代美術センター 学芸員

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